6月後半になると、チューリップの球根の掘り出し作業が中盤に差し掛かり、7月半ばまでは皮と根を剥がす作業で大忙しでした。
チューリップの球根は消毒した方が良いと一般的に言われていますが、今回はチューリップの球根消毒剤についてお話したいと思います。
- なぜ、チューリップの球根を消毒するのか?
- チューリップの球根に使える消毒剤
- 球根の消毒にアルコールや次亜塩素酸は使えるか?
- 消毒剤によって防除できる菌が異なる
- オーソサイド80水和剤(成分:キャプタン)
- キャプタンは球根腐敗病の予防の効果がとても薄い
- もっと詳しく!キャプタンについて
- キャプタンの半減期・反応式
- キャプタンが不活性化する酵素
- ベンレート水和剤(成分名:ベノミル)
- トップジンM水和剤(成分名:チオファネートメチル)
- もっと詳しく!ベノミル、チオファネートメチル【構造式、作用機序】
- ベノミルとチオファネートメチルの違い【半減期】
- ベノミル、チオファネートメチルの問題点
- 各チューリップ球根消毒剤のメリット・デメリット
- 消毒剤の取り扱いで絶対守ること
- あえて球根消毒しないという方法もアリ!
- 消毒剤の使用方法は守りましょう
なぜ、チューリップの球根を消毒するのか?
チューリップの球根を消毒する理由は2つあります。
① チューリップ青かび病の予防
ペニシリウム属(Penicillium)の真菌が引き起こす病気です。貯蔵している球根の傷口から黄褐色や灰色などの病斑ができて、白色や青緑色の菌糸が出てきます。多くは夏を過ぎた頃に症状が出始めますが、多湿条件下だとより一層発病しやすくなります。変色してフワフワしたものが付くので、一目で見て「カビだ!」と判断しやすいです。
掘り上げた際や根や皮を取る除く際にできた傷口や日焼けなど、傷んだ場所から菌が侵入して感染します。一個青かびが発生すると、周りの球根にも移ってしまうので、見つけたらすぐに処分しましょう。
青かび病の被害は結構大きいもので、我が家では掘り上げた球根の約3分の1は青かび病でダメになってしまいます…。(消毒をしない状態で)
青かびは貯蔵している間に発症することが多いので、消毒するのであれば掘り上げて根を落とした後すぐ、本格的に冷暗所で貯蔵する前に球根を消毒するのがベストタイミングです。
余談ですが、この青かび菌は世界初の抗生物質となったペニシリンを作り出すことで有名になりました。青かび菌はペニシリンで他の菌を増殖を抑えて、青かび菌だけが有利に増える環境にしていたという発見です。
このペニシリンから抗生物質開発の革命が起こり、感染症を治療することができるようになって多くの人が助かることとなりました。
チューリップの球根にとっては良くない作用をする菌なので人の手で消毒をしますが、人類にとってはとても有益な菌だったということを忘れないでおきましょう。
② 球根腐敗病の予防
カビの一種であるフザリウム属菌による球根腐敗病を予防するために消毒をします。
葉や茎が伸びている成長段階でこのフザリウム菌により球根腐敗病を発症したチューリップは、他の株と比べて早く枯れてしまいます。順調に蕾まで出てきたのに、突然他の株より早く枯れるみたいな感じです。また、発症していない球根にも菌が長期間残ります。
貯蔵中に発症すれば球根の内部が乾燥して縮み、揺するとカラカラと音がする状態になるのが特徴的です。貯蔵中に発症しなくても菌が付着した状態であれば、翌年に発症して早期に枯れることがあります。
大量に買った球根の中でも、たまに球根腐敗病になっているものがあります。私は毎年球根を大量購入しますが、500個買ったら5個~10個くらいの割合でカラカラ状態になっているものが出てきます。そういうこともあって、買った数よりも多めに球根がパッケージされて送られてくるようです。植え付け前にはぜひ球根の状態をチェックして、発病している球根は植えずに取り除いておくと良いです。
フザリウム菌は土壌中にも残るので、毎年同じところにチューリップを路地植えしている場合も球根腐敗病が発生しやすくなります。このように土壌に特有の病原菌が残って悪さをする状態は、連作障害と呼ばれています。
フザリウム属菌は多くの種類がありますが、その中のFusarium oxysporum は各々の作物に特化して感染するように菌が変化しています。チューリップに感染するのはFusarium oxysporum f.sp. tulipae と呼ばれる菌です。
Fusarium oxysporum の分化は100種類ほどと言われ、農作物に広く感染するので防除が重要視されている菌になります。
チューリップの球根に使える消毒剤
チューリップの球根に使用される消毒剤は、以下の3種類の成分のものがあります。
・オーソサイド80水和剤(成分名:キャプタン)
・ベンレート水和剤(成分名:ベノミル)
・トップジンM、ホーマイ水和剤(成分名:チオファネートメチル)
成分が2種類混合された消毒剤もあります。
・アタッキン水和剤(成分名:チオファネートメチル、ストレプトマイシンの合剤)
ストレプトマイシンは真菌(カビ)ではなく、細菌に作用します。チューリップかいよう病を引き起こす細菌に対して殺菌効果があります。適用は球根腐敗病とかいよう病の2種類です。一番小さい包装が100g包装なので、家庭用ではなく業務用の製品です。
球根の消毒にアルコールや次亜塩素酸は使えるか?
「農薬を使わずにお手軽に消毒したい」という人もいるでしょう。
残念ながら、チューリップ球根の消毒にアルコールや次亜塩素酸ナトリウム(NaOCl)は使用することはおすすめできません。
チューリップの球根の消毒に使用したというデータはありませんが、どちらも植物に消毒剤として使用したところ枯れてしまったという報告があるので要注意です。
・アルコール(エタノール60~80%)
植物への浸透性が高く、球根自体にアルコールのダメージを受ける。
・次亜塩素酸ナトリウム(1%~0.5%)
主に器具洗浄に使われる消毒剤。酸化作用で細胞の構造を破壊するが、無菌条件下で培養する植物の消毒に使用されることもある。
消毒した球根をそのまま自然に戻さず無菌条件下で育てるのであれば…アリなのかも…??
基本的にこの2つの消毒剤は、植物にダメージを与えてしまいます。ダメージの大きさは場合によって大きかったり小さかったり差があるようです。傷ついた組織からカビが侵入してくるので、基本的に植物細胞へダメージが入る消毒剤は使用しない方が良いでしょう。
消毒剤によって防除できる菌が異なる
「とりあえず消毒すれば良いのだから、球根消毒に使えるなら消毒剤は何でも良い」と考える人も多いと思いますが、消毒剤の成分によって防除できる菌が異なります。
消毒剤の説明欄の適用を見ると分かるのですが、
オーソサイド80(成分:キャプタン)は青かび病
ベンレート(成分:ベノミル)、トップジンM(成分:チオファネートメチル)は球根腐敗病
となっています。予防したい病気に合わせて消毒剤を選択します。
では、次はそれぞれの消毒剤の特徴の説明をしたいと思います。
オーソサイド80水和剤(成分:キャプタン)
チューリップでの適用:青かび病
使用方法:800~1000倍に希釈し、15分間ほど球根浸漬する。
球根の表面に付いたペニシリウム菌を殺菌して青かび病を予防します。あくまで予防的な効果になるので、既に菌が球根内部に侵入し青かび病になってしまった球根を治療することはできません。
キャプタンの作用機序は、主にクエン酸回路(TCA回路)や解糖系で使われる酵素のSH基やNH₂基と結合して、その酵素を不活化することで殺菌作用を示すと言われています。
ただし選択的にクエン酸回路の酵素のSH基に作用するわけではなく、SH基があるどの酵素でも反応します。もちろん植物内のSH基にも反応します。
残留農薬調査としてキャプタンの残留量を測ろうとしても、操作中にどんどん分解が進んでしまい正確な計測が難しいと言われるほど、早く分解される消毒剤です。様々なSH基に作用を示すことから、キャプタンへの耐性菌は発生しにくく、長年使用されています。
キャプタンは球根腐敗病の予防の効果がとても薄い
キャプタンはフザリウム菌に殺菌作用が全くないわけではないのですが、他のベノミルやチオファネートメチルが1~3ppmで効果が出るのに対し、キャプタンは1000ppm以上使わないと効果が出ないので、青かび病にしか適用されていません。
もっと詳しく!キャプタンについて
ここからは、もっと詳しくキャプタンの性質について解説したいと思います。
少し難しい内容なので、興味のない方は飛ばして頂いても大丈夫です。
キャプタンは、農薬の作用機序では多作用点接触活性に分類されています。
キャプタン分子の中にあるSCCl₃基が菌のSH基やNH₂基に結合して、炭水化物の代謝や生体維持の生化学反応を抑制します。多作用点接触活性と言われる通り、特定の箇所に反応するわけではなくSH基があればどこでも反応します。
数多くの酵素がSH基を持っているので、同時にあらゆる生体機構を抑えることができ、耐性菌ができにくいのがキャプタンの良い点です。
キャプタンの半減期・反応式
キャプタンの加水分解性半減期
11.7時間(pH5 25℃)
4.7時間(pH7 25℃)
8.1時間(pH9 25℃)
水中光分解性半減期
滅菌蒸留水:12.7時間 (キセノン光 300~400nm 35.7W/㎡ 25℃)
自然水(河川):1.8時間 (キセノン光 300~400nm 35.7W/㎡ 25℃)
キャプタンは溶かす緩衝液がアルカリ性になるほど分解が早くなります。
自然の河川水で溶解すると半減期は短くなりますが、これは自然水の中に含まれる微生物や植物の断片などのSH基に反応して、半減期が短くなっていることが推測されます。微生物が多く含まれる水ほど、半減期が短いというわけです。
ちなみに光を当てた条件下で行われる水中光分解性の試験で得られた半減期と、暗闇の条件下の加水分解性半減期はそれほど変わらないため、分解速度に光は影響していないと言われています。
農薬に使われる殺菌剤は長期間残留しないものが登録されてます。その残留評価は随時行っているようです。キャプタンの分解の速さは、構造式から見ても予想ができます。
キャプタンはN(電子が欲しい側)とS(電子を与える側)で結合していることで、この構造が保たれています。
しかしCl(塩素)が3個付いていることで、電子がハロゲンであるCl側に引っ張られるので、NーS間の結合は切れやすくなっています。そのため少しの刺激(アルカリ性の水に溶かす、反応しやすい物質がある等)ですぐ分解します。
結合が切れたSCCl₃基は、
(1)のように菌の中のSH基やNH₂基に直接結合する
(1) R=N-SCCl₃ + RSH → R=NH + RS-SCCl₃
あるいは(2)のように2分子のSH基を結合させる
(2) R=N-SCCl₃ + 2RSH → R=NH + RS-SR + Cl-CS-Cl + HCl
(2)の反応で作られたCl-CS-Clが(3)のように2分子のSH基やNH₂基に結合する
(3) Cl-CS-Cl + 2RSH → RS-CS-SR + 2HCl
以上のいずれかの反応を起こして殺菌効果を発揮します。
キャプタンはSCCl₃基が外れてテトラヒドロフタルイミドになりますが、テトラヒドロフタルイミドは土壌中や植物内でエポキシ化、イミド環の開裂、加水分解を受けてCO₂まで分解します。
好気的条件下で非滅菌土壌中の場合は特に良く分解され、キャプタンの量により分解にかかる時間は変化しますが、数日程で半分以上がCO₂へ分解されるようです。
キャプタンが不活性化する酵素
キャプタンが不活性化する酵素は多々あれど、特に重要とされているのはクエン酸回路(TCA回路)、解糖系、ペントースリン酸回路といったエネルギーを生み出す糖代謝に関係する酵素です。菌だけではなく動植物、皆が持っている生体内の反応機構になります。
クエン酸回路は、生物が取り込んだ糖分・脂質・タンパク質から得られた炭素を、最終的に二酸化炭素(CO₂)とエネルギーになるNADHとFADH₂に変換する反応です。(途中でGDP一分子からGTPが一分子もできます。)
クエン酸回路の図がこちら…。
「いっぱいカタカナが書いてあって何がなんやら分からない!」と思うかもしれませんので、大事なところだけ書いた図も作りました。
正確にはクエン酸回路の段階で取り出したNADHとFADH₂はこのままではエネルギーとして使えない状態なので、「エネルギーの素」と記載しています。(例外でGTPも1つだけできますが…。)
クエン酸回路で得られたエネルギーの素は、ミトコンドリアの電子伝達系という別の経路に入り、使用できる状態のエネルギー(ATP)に変換されます。
またクエン酸回路とは別に、解糖系とペントースリン酸回路も以下のように多くの酵素が関与しています。
解糖系はブドウ糖(グルコース)を分解する最初の反応です。
クエン酸回路に入る構造(ピルビン酸)に変化するように、何段階も酵素の力を借りて反応が進んでいきます。 途中で作られたグルコース-6-リン酸やフルクトース-6-リン酸の一部は、ペントースリン酸回路へ入ることもあります。解糖系で作られたピルビン酸はアセチルCoAに変換されて、クエン酸回路へ進みます。
ペントースリン酸回路は、解糖系の途中で作られたグルコース-6-リン酸からDNA、RNAの成分になるリボース-5-リン酸を作る経路です。
では、キャプタンが具体的にどこの酵素に作用しているかというと、
以下の図でピンク色の×印をつけた場所が、現時点でキャプタンのSCCl₃基が反応して不活性化すると言われてる部分です。他にも、もっとたくさんあるのだと思います。酵素だけではなく、補酵素のSH基にも反応して不活性化します。
ベンレート水和剤(成分名:ベノミル)
チューリップでの適用:球根腐敗病
使用方法:以下の①~③のいずれかの方法で使用する。(使用回数は2回以内)
①植え付け前又は貯蔵前に、球根重量の0.1~0.2%を球根紛衣する
②植え付け前又は貯蔵前に、100~500倍に希釈して、15~30分間浸漬する
③植え付け前に、20倍に希釈して瞬間浸漬する
農薬の作用機序分類:β‐チューブリン重合阻害
取り扱う濃度の一番薄い②の方法が、一般的にやり易いかと思います。
ベノミルの作用機序は、菌細胞内のβチューブリンに結合して有糸細胞分裂を阻害することで、殺菌作用を示します。簡単に言うと、細胞分裂ができなくなって菌が死滅するという作用です。
キャプタンよりも強い殺菌性と薬剤浸透性を持っているので、治療も予防もできると言われている殺菌剤です。
ベノミルはこの後に紹介するトップジンM(成分名:チオファネートメチル)と同じ作用機構なので、詳しい作用機序の説明は一緒にします。
トップジンM水和剤(成分名:チオファネートメチル)
チューリップでの適用:球根腐敗病
使用方法:植え付け前又は貯蔵前に、球根重量の0.1%を球根紛衣する。(使用回数は1回)
農薬の作用機序分類:βチューブリン重合阻害
トップジンMは水和剤、ゾル、ペースト等がありますが、チューリップに適用があるのは水和剤のみです。
チオファネートメチルの作用機序はベノミルと同様、βーチューブリンに結合し有糸細胞分裂を阻害します。
もっと詳しく!ベノミル、チオファネートメチル【構造式、作用機序】
ベノミルとチオファネートメチルは両方とも、ベンゾイミダゾール系の殺菌剤です。
下のベノミルの構造式で、橙色で囲った部分がベンゾイミダゾール骨格です。
では、チオファネートメチルはどうかというと…
チオファネートメチルの段階では、まだベンゾイミダゾール骨格がありません。ベンゾイミダゾールの素になる構造は持っているのですが、開環してしまっています。
しかし、この後に微生物による代謝を受けてカルベンダジムという殺菌作用を持つベンゾイミダゾール骨格の代謝物に変化します。そのためベンゾイミダゾール系殺菌剤に分類されています。
そしてベノミルも同じく代謝を受けてカルベンダジムという物質へ変化します。ベノミルの方は構造式から見ても、一部の基を除けばすぐにカルベンダジムになることが分かります。
スタートの物質が異なりますが、ベノミルもチオファネートメチルも活性代謝物がカベンダジムであり、殺菌作用機序は同様です。
ベノミル、チオファネートメチルの作用機序
ベノミル、チオファネートメチルは代謝を受けてカルベンダジムに変化した後、チューブリンというたんぱく質に結合します。チューブリンは細胞内の核の移動や、細胞小器官を支える骨組みのような作用をする微小管を作るたんぱく質です。
チューブリンはαチューブリン、βチューブリン、γチューブリンといったサブタイプに分かれていますが、αとβがたくさん並んで重合してホースのような形(微小管)を作っていきます。γチューブリンは管を伸長する場所で活躍すると言われています。
ベノミル、チオファネートメチルの代謝物のカルベンダジムは、βチューブリンに結合します。カルベンダジムに限らないのですが、チューブリンに結合して細胞分裂を阻害する化学物質のほとんどは、βチューブリンに結合して作用を示します。
微小管は細胞分裂の際にたくさん集まって紡錘体を作ります。染色体は自身で細胞内を動くことはできませんので、紡錘体の力を使って動きます。
紡錘体が染色体を中央に並べて両端へ引っ張り、2個の細胞核を作って細胞分裂が完成できるのです。
ところがカルベンダジムがβチューブリンに結合していると、チューブリン同士が結合できなくなり微小管が作れなくなります。そうすると細胞染色体は移動する手段を失い、細胞分裂が停止します。
そして細胞分裂が停止すると、「この細胞分裂にミスがある」と細胞のチェック機構が働いて、自ら細胞を消滅させてしまいます。(アポトーシスと言います。)
ベノミルとチオファネートメチルの違い【半減期】
作用機序は同じであることを説明しました。
では、ベノミルとチオファネートメチルの大きな違いは?というと、それは半減期の長さです。
それぞれの加水分解性半減期で、大きな差が出ています。加水分解性半減期は、光や酸素等の分解要因を排除した条件下で、滅菌された緩衝液(pHを調整した水)の中で濃度が半減する時間です。
ベノミルの加水分解性半減期
3.5時間(25℃ pH5)、1.5時間(25℃ pH7)、1時間未満(25℃ pH9)
チオファネートメチルの加水分解性半減期
866.7日(25℃ pH5)、36.1日(25℃ pH7)、0.7日(25℃ pH9)
チオファネートメチルの半減期が、ベノミルに比べてかなり長いことが分かるでしょうか?
しかし、このチオファネートメチルは光に当たると容易に分解してしまう性質をもっています。
チオファネートメチルの水中光分解性半減期
0.3日 (東京春季太陽光換算で1.4日)
(滅菌蒸留水 25℃ pH6.9 500W/㎡ 290-800nm)
0.3日(東京春季太陽光換算で1.6日)
(滅菌自然水 25℃ pH7.7 500W/㎡ 290-800nm)
ですので通常の使用方法で葉に散布したり樹皮に塗ったりすると、日光に当たって分解が進みますし、微生物による代謝も加わるので、半減期がぐっと短くなります。
チューリップの球根消毒の場合は、球根を土壌に植えるので遮光されますが、土壌上の豊富な微生物により分解はとても速いと考えられます。
参考としてベノミルの水中光分解性半減期も載せておきますね。
ベノミルの水中光分解性半減期
4時間
(滅菌緩衝液 pH5、 25℃ 太陽光 258W/㎡)
30分(東京春季太陽光換算 6.2時間)
(自然水 pH7.83、25℃ 300~800nm 765W/㎡)
では、ベノミルとチオファネートメチルで、なぜこのように半減期に違いが出るのかというと、
またこれも構造式の話になってきます。(難しい話でごめんなさい。)
先ほど載せた図を、もう一度出します。ベノミルとカルベンダジムの構造を比べてみてください。
ベノミルの環から伸びている棒を取ってしまったら、そのままカルベンダジムの構造になることが分かるでしょうか?
ベノミルとカルベンダジムは非常に構造が似ているので、分解するのにそれほど工程が必要ありません。すぐカルベンダジムになってしまいます。
しかも、分解したい所にちょうど良くアミド結合があります。加水分解しやすい場所です。
アミド結合は生物内の酵素によって容易に分解されるので、微生物がいる条件下であれば素早く加水分解してしてカルベンダジムになります。またアルカリ性の溶液に入れると、分解はより早くなります。
(タンパク質はアミド結合(-CONH-)がたくさん連なったペプチド結合でできています。生物は、タンパク質をすぐ解体できる酵素を非常に多くもっています。不要になった自分の細胞のタンパク質を分解してアミノ酸を再利用して、新たな細胞を作って生きているのです。)
しかしチオファネートメチルがカルベンダジムになるには、開いている環を閉じたり、基を入れ替えたりしなければならず、反応が複雑になります。酵素を利用して複数の過程を踏まなければなりません。
そのためベノミルと比べてチオファネートメチルは半減期がとても長くなっています。
半減期の違いは、ベノミルとチオファネートメチルに具体的にどのような違いを生み出すのか?
チオファネートメチルの加水分解性半減期が長いのであれば、ベノミルよりもゆっくり効果が持続するのかというと、そうでもありません。生物の代謝を受ければベノミルと同様の数時間の半減期になります。作用機序も全く一緒です。違いが出るのは、販売される商品の形状です。
ベンレート(ベノミル)は粉末の水和剤のみの製品しか販売されていません。これは水に溶かすとすぐに分解してしまうから。
もしベンレートをスプレーにして売ろうとすれば、お刺身の賞味期限並みの使用期限になるでしょう。
トップジンM(チオファネートメチル)は粉末状水和剤のみならず、ペースト、ゾル、オイルペースト、スプレー剤といった、液状の製剤も多く販売されています。加水分解性半減期が長く、酸性に調整した溶液で遮光された容器に入っていれば安定して品質を保つことができます。色んな形態の製品を作ることができて、散布してもOK、塗ってもOKな幅広い使用方法を生み出せることが、チオファネートメチルの魅力です。
ベノミル、チオファネートメチルの問題点
ベンレート水和剤やトップジンM水和剤は、ホームセンターで誰でも簡単に手に入れることができますが、使用に問題点があり、適切に扱わないと環境に影響を及ぼす可能性があります。
問題点①耐性菌ができやすい
ベノミルとチオファネートメチルはβチューブリンという特定のタンパク質を阻害という作用から耐性菌ができやすく、既に広い農場でその耐性菌が発生している報告があります。
ベンレートやトップジンを使っても効きにくくなった場合は耐性菌が広がっている可能性があり、そうなると別の殺菌剤を使用しなければなりません。
農作物であれば別の殺菌剤があるので、耐性菌を起こさないように別の作用機序の殺菌剤を交代で使用したり、もし耐性菌が出てきても別の殺菌剤を使ったりすることができます。(本来であれば、農薬は病気が発生したら使うのを推奨されていますが、生産がかかっている以上病気が出る前に予防的に使用されることも多いです。仕方がないことですけれどもね…。)
しかし、チューリップの球根腐敗病に適用する殺菌剤は、このベンレート水和剤かトップジンM水和剤といったベノミルとチオファネートメチルの製剤しかありません。
チューリップに感染するフザリウム属のベノミル・チオファネートメチル耐性菌が出てきたら、もう抑えることができません。もう適用する球根消毒剤がありません。もしそうなれば、数年間はそこでチューリップを栽培できなくなるかもしれません。
問題点②代謝物の残留
農薬指定の際に成分の分解が早いというデータが示されていますが、どうやら活性代謝物のカルベンダジムは数か月残留しているのではないかと言われてます。
加水分解性の試験データでは、算出される加水分解性半減期が1か月~4か月と大きなバラツキがあり、一方で加水分解しないという情報もあります。
主に微生物により分解されますが、その半減期は露出土壌上では6~12か月、芝生上では3~6か月、好気性の水中で2か月、嫌気性の水中で25か月と言われています。
農薬としてはちょっと長いかな…と思う残留期間です。
生物濃縮性はないので、どの生物にもカルベンダジムが蓄積された報告はないとのことです。
カルベンダジムの動物への急性毒性は低いと言われているものの、生殖と変異原性は持つというデータが出ています。長期にわたって土壌に残留すると生物へ影響が危惧されます。日本ではカルベンダジム(別名:カルベンダゾール)の農薬登録は1999年に失効になっています。代謝物は農薬抹消となっていますが、その前駆物質は使用が継続されている状況です。
各チューリップ球根消毒剤のメリット・デメリット
オーソサイド80水和剤(成分:キャプタン)
メリット
・耐性菌ができにくい
・分解が早く、残留の心配が少ない
デメリット
・薬効が弱い
青かび菌には効くけれども、フザリウム属の菌には効かない
・包装単位が大きく、使い切るのが難しい
一番小さな包装でも80L分に…。
ホームセンターでは期限が1年程度の短いものが売られていることも…。
ベンレート水和剤(成分:ベノミル)
メリット
・強い薬効。浸透性のある殺菌剤
・包装が2g×6袋や0.5g×10袋といった個包装で、使い切りがしやすい
・浸漬と粉衣どちらの方法でも使用可能
デメリット
・耐性菌が発生しやすい
・代謝物の土壌残留期間が長い
トップジンM水和剤
メリット
・薬効が強い。浸透性のある殺菌剤。
・包装単位が1g×10包の個包装商品があるので、使い切りがしやすい。
球根1kgに対して1gをまぶして使います。
・水で薄めないので、使用後の残り液の処分に困らない。
デメリット
・耐性菌ができやすい
・チューリップの球根重量と粉末重量を測る手間がある。
・代謝物の残留期間が長い
・粉衣のみの適用であり、粉末を吸入してしまうリスクを必ずとらなければならない
消毒剤の取り扱いで絶対守ること
①下水や河川、用水路へ流さない!
水生生物への急性毒性が強く、薄めた溶液でも河川へ流せば魚が死んでしまいます。自然の川へ繋がる場所には絶対に流してはいけません。河川や用水路近くでの使用も避けるようにしてください。
②消毒剤は使い切る!使い切れる量を買う。
河川への流入を避けるために、球根の消毒剤を希釈する際は使い切れる量を作るようにしてください。それでもわずかに残液が残ってしまった場合は、近所の迷惑にならない場所で自宅の土壌や作物に使うしかありません。
キャプタンであれば球根消毒には8回まで使用可能なので、球根に無理やり残液を付けて処理するという方法もありますし、自然条件下での半減期がかなり短いので、残液に微生物が多い庭の土を多めに入れて陽当たりの良い場所で3日ほど放置した後、それを土壌に戻せば問題ないと考えられます。
ベノミル・チオファネートメチルの残液は、耐性菌の問題があり簡単に環境中に放出することは難しいので、小包装という利点を生かして残液が出ないように少量ずつ使用するようにしましょう。どうしても残薬が出てしまったらなら、さらに希釈して他の植物へ使う方法があります。バラの病気の適用があるので、希釈し直してバラへ使っても良いでしょう。
③取り扱う場合はマスク、手袋、防護眼鏡を着用する。
皮膚や目への刺激があるので、マスクと眼鏡、手袋をするようにしてください。粉末を扱うときは吸入しやすいので注意してください。
また使った容器を洗う場合も、手袋を使うようにしましょう。
④ベンレート水和剤、トップジンMはむやみに連用することを避ける
チューリップの球根腐敗病の適用があるのは、現在この消毒剤だけです。
耐性菌が一番の問題であり、もし耐性菌が蔓延してしまえばチューリップの適用がない殺菌剤の使用を考えなければならなくなる可能性もあります。適用のない消毒剤を使うというの家庭園芸では大変難しいです。
フザリウム菌が発生が見られる場合に限り、使用するのが良いと思います。そして連作障害を予防するためにできる限り土壌改良に努めるようにしてください。球根を掘り上げた後に、連作障害軽減材を使用したり、腐葉土や馬糞堆肥、米ぬか等、様々な資材を入れたりして微生物の多様性を保つようにします。チューリップだけではなく他の植物を植えるというのも良いです。
あえて球根消毒しないという方法もアリ!
球根の消毒剤の扱いに不安がある方は、あえて消毒しないという選択もあります。小さな子供がいる、小動物を飼っている等、管理上危険な場合は手を出さないというのも安全な方法です。
新しく球根を買った時、多くは球根生産をしているところで1回は消毒作業を行っているので、家庭で新たに消毒しなくても大丈夫です。特に寒い地域の場合、秋に球根を購入したらすぐに植えなければいけないという状況なのも理由です。北海道だと10月半ばで最高気温が15℃を下回り、すぐに植える時期になります。
消毒が本当に必要なのは自分の庭で掘り出した球根なので、その球根が病気になるのを容認するかしないかの選択になるでしょう。(本当に貯蔵中のカビの発生が多い…)
私の場合は、青かび病だけを予防したいのですがオーソサイドの包装が大きすぎて購入できず、青かび病になってしまったら諦めています。(オーソサイドの小包装の製品があったらいいのに…といつも思っています。)
球根腐敗病は今のところ花壇で流行していないので、ベンレートやトップジンは使用していないです。
消毒剤の使用方法は守りましょう
チューリップの球根消毒剤についてここまで話をしてきましたが、家庭園芸で使用するには取り扱いが難しいです。
球根消毒に使われる殺菌剤は、家庭でも使用が認められていて誰でも購入できる農薬です。あるご家庭一人だけが適当に取り扱いして廃棄しても、すぐには大きな問題は起きないかもしれませんが、地域全体で多くの人が誤った使い方をすると環境への影響が出てくる可能性があります。
環境へ影響が出てくると、そのうちその農薬は規制され使用できなくなるかもしれません。そうなると、その農薬を使っていた農家さんが困ります。私たちの食卓にも影響が出るかもしれません。
だからこそ、
たとえ家庭園芸であっても、一人一人が正しい使用方法を守ることが大切です。
もし、チューリップの球根消毒をする場合は、使用方法を守り適切に行いましょう。
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